子どもの成長の足ぶみは飛躍の為の準備期間ec44d591子どもの成長の足ぶみは飛躍の為の準備期間

「これこれができた」という状態を求め、親が子供を急き立ててしまうことがよくあります。

しかし、子供が1カ所で足踏みしているように見えるときこそ、これからの成長のために必要な節目である場合が多いということを忘れてはいけません。

「何かができる」にこだわるより心の動きに注目しよう

以前の記事で乳幼児を意欲的にするためには、じっと見守り、達成できたときには喜びを共にすべきだ、ということを書きました。

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そこでもう一つ、忘れてはいけない観点があります。それは、これこれができたかどうかという結果だけを見て、できなかった子供は評価しないという態度は禁物であるということです。子育ての過程では、単純に「できること」がふえていくわけではないのです。

「学ぶ」という言葉は「まねぶ」が変化したものだとよく言われるように、学習の起源は模倣、マネにあります。

子供は最初のうち、目の前の大人のすることを見よう見まねで覚えます。その物まねはだんだんと段階を踏み、鏡の前に立って櫛で髪をとかす、字もまだ読めないのに新聞を広げて読んでいるようなポーズをとるなど、小道具に凝るようになってきますが、これは、だんだんと記憶力というものが育ってきているのと併せ、自分は目の前の大人と同じ動きができるようになったことに、赤ちゃん自身が気づいたということです。

そして、その「気づくこと」こそが、周囲の人や事物とかかわっていく能力を発達させます。これは赤ちゃんの、自分を取り囲む世界、いろいろな人々、ひいては自分自身への心の向け方ががらりと変わったということを意味します。

この変化というのは、赤ちゃん自身の可能性を広げていく原動力となります。その大事な点をないがしろにすると、頭ごなしに「あらあら、そんなものをいじったらダメだよ」とか、例えば櫛で髪をとかすしぐさに対して、「その遊びが好きなの?かわりにこっちをあげるね」と、本物を取り上げて、おもちゃの櫛を代替品として与えるという対応をしてしまいがちですが、感心しません。

ダメ出しをされた赤ちゃんも、おもちゃの櫛でごまかされた赤ちゃんも、せっかく育ちつつある意欲のようなものをなくしてしまうでしょう。

赤ちゃんが今までしなかったようなことをし始めたときは、その心の動きに、ちょっとでいいので思いをはせていただきたいと思います。「本当に、しようもないことばかり覚えて!」ではなく、「こんなこともできるようになったんだ。大きくなったなあ」というように考えてみるのもいいでしょう。

親がいつでもベストの対応ができるとは限りません。しかし、そういった赤ちゃんの成長の足跡についてしみじみ思うのは、子育ての「一番の楽しみ」ともいえる部分です。

繰り返しは質の転換の準備期間

子供は移り気ですぐに飽きてしまうという前提で物を考えてはいませんか。でも、よく観察してみるとわかるのですが、なかなかの根気を見せることがあります。

よく飽きないなあと思うほど、同じことを繰り返し繰り返しやっていることがあります。好きな歌の気に入ったフレーズばかり歌う、上手にお絵かきができたら、同じモチーフのものを何度も何度も描くなど、よくあることでしょう。

例えばそれが、何の変哲もないただの円形だったとしたら、親としては、ちょっと導いてやろうくらいのつもりで、「あら、花びら描いたらお花になりそうね」とか、「これがタイヤで、車になるね」などと言ってしまうことがあります。

でも、子供としては、円という単純な形を描いているわけではないという場合が往々にしてあるので、まずはそれが何であるかを尋ねてみましょう。

「おひさまとおつきさま」とか、だれか身近な人の顔を描いたのだとかの答えを得て、実は意味のある絵を描いていたのだと気づかされます。

子供の小さな世界の中では、ごくごくささいなことの中にも、劇的な変化や、何か意味のある表現があったりするものです。

「能力の発達」などというと、発達という言葉に引きずられてか、ずっと上がり調子の様子を想像しがちですが、どこかで足踏みを始めることも時にはあります。それは停滞ではなくて、「できるようになった」ことを、歌を歌ったり、円形を思う存分描いたりして楽しんでいるときかもしれません。

やりたくない要求もたいせつにしよう

小さな子供も生後2年ともなると、心のイメージはさらに広がりを見せるようになります。「大きい、小さい」「長い、短い」などの基準で事物を区別したり、比較したりが可能になります。

それ自体は喜ばしいことですが、その比較するという能力は、思わぬところにも及びます。「友達の誰それちゃんはうまくできるのに、自分はできない」といったふうに、まず自分を評価し、自分と比較して優れているお友達に気後れし、何かをするのを躊躇するような場面が出てくるのです。

このとき親としての対応は、大きく二つに分かれがちです。

一つは、「頑張れできるのに、どうしてしないの」「やってみなさいよ」といった叱咤激励で急き立ててしまうこと。

もう一つは、「これは向いていない・余り好きではないようだ」と判断し、そこでやめさせてしまうということです。

前者についてはある程度気を付けることはできるでしょうが、後者の場合、今は躊躇しているが、本当はやってみたいと思っている気持ちと、お友達のように上手にできるかなという不安がまざっての「立ち止まり」ですから、そこでやめさせてしまうということは、それ以上の挑戦の機会を奪うのと同じです。見きわめは大変ですが、慎重にならざるを得ません。

例えば、子供の表情や態度から何とか真意をくみ取って、小さなヒントを出したり、とにかくもう少し様子を見たりしているうちに、お子さんなりの問題打開策を見つける可能性もあるのです。

木の幹は上に向かって、枝葉をつけながらぐんぐん伸びますが、そのすべて土台となる根は土の下です。成長の停滞のように思われるのは、そうして根を張って、木の幹や枝はを茂らせるための栄養を吸収しているときだと考えてはいかがでしょうか。

親としては歯がゆい時期かもしれませんが、成長や飛躍のために踏まなくてはならない大切な段階でもあるのです。



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